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巻 頭 言


素敵な探検家関野吉晴さんとの思い出

 『山と渓谷社』の最新(07年3月)号をパラパラとめくっていたら、関野吉晴さんのにこやかな顔が目に飛び込んできた。TEPCOのECO対談というページで、シリーズ第4回目、東京電力で尾瀬の自然保護担当をされている竹内純子さんとの対談という構成である。

 
 関野さんは日本を代表する探検家である。ずっと昔から名前は知っていたが、住む世界が違うので、お会いしたこともなかったし、もちろん親しく話を聞くチャンスもなかった。

 わが家には宝物にしている数冊のノートがある。『山と渓谷社』や『岳人』のインフォメーション欄を読んで、問い合わせや申し込みしてくる人たちの氏名、住所、電話番号、参加メニューを書き込んでいるノートだ。表紙には「92・6〜93・8」とメモがあって、いつのことかすぐ分かる。たった13年ほど前のことなのに、パソコンではなく手書きである。そのノートの中程、1月26日と記されたページに関野吉晴さんの名前が記されている。「ピッケル&アイゼンに親しむ会」への申し込みだ。

 この会はピッケルとアイゼンの使い方に習熟することを目的としたアイスクライミングの講習会だ。教室は笛吹川東沢である。(関野吉晴って、あの有名な関野さんかな、でもそんな人がうちの講習会に参加するはずないし、同姓同名の別人だろう)、そんな風に本人に確認することもなく、別人ときめて講習会当日、集合場所の塩山駅で参加者名を確認した。

 名簿にある名前を次々に読み上げ。「関野吉晴さん」「はい」。頭の中の1割くらいはあの関野吉晴さんかなと思っているので、ちらっと顔をみると若い。やっぱり別人だと判断した。

 トレーニングを終えて笛吹川西沢渓谷入口のバス停前まで戻ってきた。バスはもうないからタクシーを呼ぶ。タクシーが来るまでの時間、バス停前の食堂でビールを飲む。たまたまぼくの隣に関野さんが座った。「関野吉晴っていう有名な探検家が居ますよね」と声をかけたら、「ぼくです」と返ってきた。びっくりした。

 関野さんが93年から10年費やして成し遂げた「グレートジャーニー」を知らない人はいないと思う。マゼラン海峡の南、ナバリーノ島からアフリカのラエトリまでの5万3000`を人力だけでトレースされた壮大な旅だ。
 「なぜ」と聞いたら、パタゴニアの氷床を徒歩で横断するとき、もしクレバスが開いていて渡れなかったら、こちら側をダブルアックスで下り、またげる所で向こう側をダブルアックスで登り返す、その方法を習熟するためとのこと。思いもかけず、グレートジャーニーの準備の一端をお手伝いできたことがうれしかった。

 
後日、「どうでした」とお聞きしたら「クレパスは開いてなかった」、に大笑いしたのであった