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遠足倶楽部の中で「マダラボケ」という言葉が流行ったのは、10年以上も昔の話だと思う。流行らせたのは羽柴太江会員。昭和3年生まれの79歳、山道を歩くときの足取りの軽さといったらない。鎌田八重子女史と並ぶ妖怪である。
5月9日〜10日、吾妻線沿線の王城山と岩櫃山に登ってきた。JRの車内でも宿に入ってからも話題はトシのこと、ボケのことで盛り上がる。
この2日間、内田耕治さんも奥様と2人で参加して下さった。10日の朝食は栗の入った赤飯であった。「明日がぼくの誕生日なんですよ、前祝ですね」とうれしそうだった。71歳になられるという。この人もお元気なのだ。
一人でジリからエベレスト街道をベースキャンプまで歩いたり、5000mのトロンパスを越えるアンナプルナ山群周遊トレッキングをやってしまう。エベレスト街道はカトマンズから飛行機で飛んでルクラから歩くのが現在では一般的であるのに、だ。ジリからルクラまでだって一週間くらいかかる。昨年はマナスル登山隊にも参加されたというからびっくりだ。
「山の遠足」に参加されると、パーティーの中ではいつも年長さん、たいていの場合、男性では最高齢であることが多いのに、この日は、内田さんより年上の作田潤氏が参加されていた。総勢7名のパーティーであったが、ぼくとカメラマン、内田さんの奥さんを除くと、一番若いのが内田さん。だからというわけではなく、もともとフットワークの軽い内田さんなのだか、旅館に入るとお茶を入れて皆さんに配ってくれていた。そして再び、ボケの話。
「先日、さあ出かけようと思って立ち上がって、お財布をバックに入れようと思ったらないんです」と、羽柴さん。テーブルの上、テレビの上、タンスの引き出し、心当たりを捜してもない。朝からの行動を振り返ってみようと思ったの、とおっしゃる。
「Tさんが、乾燥イモを送って下さって、留守にするときは冷蔵庫に入れておいてね、というメモがあったので、それを冷蔵庫に入れた、もしかしたらと思って冷蔵庫を開けたら、乾燥イモと一緒にお財布が冷やされてそこにあったんですよ」
皆さん大笑い。
「岩崎さんと一緒に歩き始めた頃はマダラボケだったけれど、今はではもうベッタラボケですね」との言に、又々大笑い。
ボケ魔に襲われているのは羽柴さん一人ではない。今はずしたメガネがみつからなくなる。ポケットに入れておいたはずの切符がどっかへいってしまう。「岩崎さんもマダラボケが始まりましたね」と、羽柴さんからグループ入り歓迎の辞を頂く。
でも、もし山登りに親しんでいなかったら、とうの昔に歩けなくなっていて、ベッタラボケどころの騒ぎではなかったろうと、お互い実年齢より10歳以上は若いと、ヨイイショし合った2日間であった。
(平成19年5月15日 山の遠足連絡帳 第173号 掲載)
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