「岩崎さんと行くモンブランにチャレンジ」に参加した。
この夏、シャモニは天候不順で降雪も多かったようだ。ようやく7月に入って安定してきたので、モンブラン登頂に支障はないという現地情報に安心して成田を発った。
9人の参加者と、岩崎さんとロープを結ぶ私を含めて11名、他にガイド7名(内日本人ガイド3名)、総勢18名の大パーティである。
メンバーの方たちは、この1年間、それぞれ、無名山塾のゼミや、独自の方法でトレーニングを積み重ねて参加した。全員の登頂が期待される。
7月21日の登頂に照準を合わせ、16日はツェルマットでブライトホルン登頂、18日はシャモニでエルブロンネルの氷河歩きと、好天にも恵まれて順調に高度順化トレーニングを消化した。明日からはいよいよ、モンブラン登頂日程に入る。
(1日目)7月19日〈シャモニ→テートルース小屋〉
初日はテートルース小屋泊まり。その先のクーロワール通過での落石危険を避ける措置で、グーテ小屋の混雑を避ける狙いもある。
シャモニ〈1030u〉からバスでレズーシュ(1007m)へ。そこからゴンドラでベルビュー(1801m)、登山電車でニ・デーグル(2372m)へ。
ニ・デーグルからテートルース小屋(3167m)まではガレ場、岩場、雪渓の登山道。天気はよくルートもはっきりしている。全員一団で、3名の日本人ガイドに導かれ約2時間30分で小屋に到着。それぞれ明日の登頂に備えて休養を取る。
(2日目)7月20日〈テートルース小屋→モンブラン登頂→グーテ小屋〉
天気が不安定で、午後は雹や雷のおそれありとの予報。合流した現地ガイドの判断で、グーテ小屋(3817m)到着時(コースタイム2時間30分)の客の状態をみて、頂上を目指すか、グーテ小屋で打ち切るか各パーティのガイドが決めるという。時間勝負になりそうだ。
出発時刻は8時。それぞれ決められたガイドとロープを結び、順次出発する。
私は、当初、岩崎さんとタイオンの筈だったが、現地ガイドから、ガイド登山パーティのメンバーのガイドレスは認めないというクレームがあった模様で、急遽、黒田さんのパーティに組み込まれた。日本人ガイドの長岡さんと3人でタイオン、予定より早い7時38分に出発。
天気はよく、風も弱い。右前方にビオナッセイ針峰が美しい。グーテ小屋に9時28分到着。カロリーと水分を補給し、9時50分、頂上を目指してグーテ小屋を出発する。後続パーティは未だ着いていないようだ。
ドーム・デュ・グーテ(4304m)への急登を経てドームのコル(4250m)に着く。急に風が強まり地吹雪が始まった。長岡ガイドが黒田さんに「大丈夫ですか」と聞く。彼女はきっぱり「大丈夫!!」と答えた。流石です。
再び急雪面を登り終えると、緩い斜面に出た。ヴァロ避難小屋(4362m)が左に見える。時計は12時10分を指していた。頂上まで約2時間の地点だ。
まもなく心配していた雹が降り始めた。視界とルートが消えた。富士山の砂走りのような雪の崩れる歩きにくい急雪面を喘いで登る。山口県から参加した森山さんパーティが追い越していった。聞けば、我々より40分も遅い10時30分にグーテ小屋を出発し、途中、悪天候を理由に下山を主張するガイドの尻を叩いて登ってきたという。体力のない客なら有無を言わさず下山させられていただろう。森山さんは、実力で頂上を手にした。
長岡ガイドが黒田さんは登れると判断したようで「間違いなく下山させますから頑張りましょう」と元気づける。自信の裏づけはハンディナビだ。現在地誤差1m以内、確実な絶対高度が表示されるという優れもので、モンブランのような山では絶好の武器だ。事実、彼はトレースの消えた広い雪面を終始、計器飛行で切り抜けたし、何組かの他パーティのルートファインディングも助けた。優秀な実力ガイドだ。
頂上直下の緩い雪稜で下山してきた森山さんパーティとすれ違う。「もうそこですよ」という嬉しい一言に勇気づけられる。
14時5分、ついに頂上に立つ。全て真っ白で頂上といわれなければ分からない。感激の握手を交わし、記念写真を撮りあう。
雷が予想されるので、滞在を10分で切り上げ、14時15分、頂上を後にする。
ほとんどホワイトアウトのなかハンディナビに導かれて無事往路を戻ることができた。
いいガイドに恵まれた幸運に感謝するばかり。
グーテ小屋へあと少しという16時ころ、降雹が激しくなり、「もう少し待って」の祈りもむなしく、雷鳴が響き始める。急いで下り、16時20分、無事小屋に帰着した。
結果でいえば8時出発は遅すぎた。午後、雷が予想されるなかで、状況によって頂上をアタックするという計画なら、せめて5時ころ、夜明けと同時に出発するべきだった。それなら余裕で登頂できた。結局、今日登頂できたのは黒田パーティ、森山パーティだけ。
(3日目)7月21日〈グーテ小屋→第2陣登頂→グーテ小屋→シャモニ〉
きのう登頂しなかった花岡さんのほか、Fさん、Nさん、OさんとGさん、N(女性)さんと岩崎さんの5パーティが午前2時、前後して出発していった。星空で天気はよさそうだが風が強い。京都のMさんは残念ながら体調不良のため、ここでリタイア。
皆を送り出したあと、眠れないままに、カップうどんを作って食べ、食堂で過ごしていると、5時ころFさんが戻ってきた。高度障害が出て自分から打ち切ったとのこと。
そのあと、Nさん、岩崎さんとN(女性)さん、OさんとGさんが次々に戻ってきた。天気不良(強風)が打ち切りの理由のようだ。残るは花岡さんパーティのみ、無事登頂を祈る。
9時30分、山岸ガイドに導かれた花岡さんが元気に戻ってきた。出発して7時間30分、コースタイムより速い。「風は大したことありませんでした。頂上の展望もよかったです」とケロッとして言った。花岡さん、立派です。
今回のアタックは天気に恵まれず、登頂できたのは、私と黒田さん、森山さん、花岡さんの4人に留まった。2日目の出発時間の問題など疑問点はあるが、ガイドが天気判断に慎重なのは当然で、それでも登ると主張するには、森山さんのように天気のマイナス分をカバーする体力が必要だ。過去にマッターホルン等に登っている彼は別格として、登頂できた人はみな事前に富士山に4回登ってきた。ひとつのヒントになろう。
〈2007.7.28記〉
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